2012年06月13日

<その6>補足 宇宙的警告への対応

今年後半の巨大地震!

前回のブログを掲載してすぐに、2012年危機説が出てきてしまいました。
私もはっきりと認識していなかったのですが、読者の方が掲示板の方で指摘され、後で文章の後半の方に確かに書かれているのを確認したら、とんでもない内容であることに気付きました。

なにしろ、3.11大震災が<前兆>地震に過ぎないというのだから、大変です。
これから、あれよりも大きい規模の<本震>が来るわけです。
しかも、そのころは各国の政権が代わる時期で、国際協力による援護が手薄なになるのだといいます。
2012年内ですから、アメリカの大統領選挙が始まる年末になるのでしょう。

そこまで言われると、もう一個人の手に負えるものではありません。
佐藤氏もこの5月に石巻を訪れ、その予言の内容を確認したらしく、「油断できないようだから、腹をくくって生きることが大切で、バタバタしても始まらない。明るくいこう!」と、自分のブログに書かれています。

だいたいこの規模の巨大地震になると、どこに逃げても同じでしょう。
能力者も、いちいちあなたはどうすればいいかと説明することはできないと思います。

「今日中に街から離れよ。後ろを振り返ってはならない」とソドムに現れた救済者が言い渡したような、具体的な指示はできるはずもなく、生き延びるためのノアの箱舟を作る時間も手立てもありません。

かといって、海外に資金を使って逃れたとしても、予知予言はある確率があって、最初的中しても、次は違ってしまうということが往々にしてあり、財産を使い果たして、生活のめどさえ立たなくなり、かえってひどい目にあうなどということもあります。

私も以前、東京湾直下地震の予言を信じ山梨県に逃げたことがありましたが、安宿に泊まって風邪をひいて帰ってきたことがありました。

しかし、今回の予言はけっこう精度が高いと思われますので、注意が必要でしょう。
せめて自分でできることの準備と対策をして、それこそ、もう腹をくくって、気を落ち着けるようにしなければなりません。あとは神頼みといわれても仕方がありません。
年末になると、けっこう寒い時期になってきますので、防寒と食糧、水の確保でしょうね。それから状況に応じての避難路なども考えなければなりません。

ここで、重要になってくるのが時空を超える感覚の精度を高める作業になります。
精神的情報の受取は本人の純粋性が問われます。
何がどう作用するかは紙一重のところがあり、その瞬間に、どう自分が行動するかを決定します。

もし今回の情報を人に知らせようとするとき、相手がまずそれら時空を超えた精神的情報に理解がなければ、たやすく伝わらないでしょう。
また、欲得が絡むと判断は濁っていくでしょう。
能力者も同じで、それによってお金が入ってきたりすると、ノイズが侵入します。

一つの事象に対処するのに、地球という文明に曲がりなりにも保護されている現実に直面することになるわけで、その礎となった残留想念としての死霊にせよ生霊にせよ作用しますので、一つの文明を構築しているそれらの想念から、より進化した宇宙の文明の思考体系に脱皮し、戦争、犯罪、病気を克服していくのは、これからになります。

これら文明間の格差の問題は、大陸間にせよ惑星間にせよ「宇宙人はなぜ地球に来たのか」で説明したように、大国の当局でも手に負えないわけで、草の根的に真意が伝わる以外ないのかもしれません。
posted by ニラサワ at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

宇宙的変革期におけるUFOの介入<その7>

UFO事件は状況の深刻さを反映している

この夏、大阪のテレビ局から続けて出演依頼があり、さまざまなUFO遭遇事件の調査に取り組んでいるところです。その詳細は放送後に報告できると思いますが、このところ書き進めている当ブログ・シリーズ「宇宙的変革期におけるUFOの介入」と連動するところが出てきていることを感じています。

これは一方の関西テレビで取り上げるテーマでは、何か大きな変動が近づいているために、目撃事例が発生しているらしいということを取り上げました。しかし、この分析に至る過程で、過去の重要な事件が巧妙に歪められ、隠蔽されている現実に、改めて気付かされます。

例えば、昨年末の超常特番で取り上げた「東亜航空UFO遭遇事件」です。
この事件は1965年(昭和40年)3月18日に瀬戸内海上空で、すれ違う二機の旅客機がUFOを目撃していました。

番組放送後、神戸近郊のABCゴルフクラブというゴルフ場からこの光体を見ていた人から、弊社ホームページの掲示板に書き込みがありましたが、場所からみて、UFOは大阪湾から広島まで飛んでいたことがうかがわれます。

私が取材したのは、大阪から広島に向かうコンベア240旅客機の副操縦士をしていた馬嶋哲(まじまさとる)さんでした。

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事件当時、新聞や週刊誌で取材されていたのは、機長の稲葉義晴さんの方で、その体験は新田次郎の長編小説「夜光雲」のモデルにもなったほどでした。
一方、副操縦士の馬嶋さんは、目撃した機の操縦席にいながら、ほとんど脚光も浴びることなく、その体験の報告の場もなく、当時の報道資料や飛行記録などを保持したまま今日までこられたこともあり、昨年、テレビ局の取材を快く受けてもらえることになったわけです。

私が取材をすることになって、馬嶋さんがお持ちの資料類を読ませてもらった中で印象に残ったのは、生々しい「機長報告書(キャプテン・レポート)」と1959年4月5日付の「週刊文春」に記載されていた「日米の空飛ぶ円盤騒動」という記事でした。

東亜航空機UFO目撃事件直後のこの記事は、よく事件を総括しており、特に稲葉機長が受けた一つの屈辱的出来事が書かれていたからです。この記事からなぜパイロットたちは立場を失ったかがわかります。

これまでにUFO遭遇事件の当事者が、大々的にマスコミに注目された場合、ありうるはずのないものを「ある!」と主張し続けるこの難しさ、さらにそのほとんどの人は何らかの仕打ちを受け、それを恐れて黙ってしまうというのがいつものパターンであることは、残念ながら事実なのです。

巧妙なUFO遭遇当事者への心理的攻撃

以下に文春の記事を要約してみましょう。

機長自身、マスコミの取材に対して、自分の体験は明確な信念と自信を持って証言し、それが国内の各媒体に流れて数日たち、やがて外電に乗って海外にも広まろうとしていたころのことです。

―――― 機長の自宅の電話が鳴った。
「ハロー」と耳なれない日本語交じりの男の声だった。

自分はニューヨーク・タイムス東京支局員だと言って名前を名乗り、「あなたの体験は大きな反響を呼んでおり、アメリカでも同様な事故があった。ついては米国防総省、連邦航空局、パロマ天文台など専門家からなる調査団が来日し、事情聴取することになった…」と伝えてきたという。

そこで東亜航空の首脳部も色めきたって調査団受け入れの準備を始める。副社長が記者クラブで事の仔細を正式発表するなどで、記者たちも色めき立ったが、来日すると言った日にはだれも来ず、そんな人物はニューヨーク・タイムス社にはいないことが判明。一挙に事件報道は終息してしまったのである。――――

このトラブル以降、事件関係者やマスコミだけでなく、一般の研究家も全く事件に真剣に取り組む意欲が消失し、二度と脚光を浴びることはありませんでした。そしてやがて忘れ去られてしまったのです。
このような情報コントロールは、目を光らせている亡国機関の専門家によって巧妙に仕掛けられたものに違いありません。事件報道の拡大を終息させるという目的で、機長自宅の電話を調べ、会社を動かし、マスコミをかく乱するなどのシナリオを組み立てるのはプロの仕業としかいえないのです。

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馬嶋副操縦士も、この顛末に対し煮え切らない気持ちを抱えて長年過ごしてこられたことが、言葉の端々にうかがわれ、すでに亡くなっている稲葉機長の遭遇報告書を、退職時にもらいうけて保存しておられましたので、二人のパイロットの名誉のためにも、その全文をここに記載しておくことにします。

東亜航空コンベア204旅客機UFO遭遇事件の機長報告書

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TOA AIRWAYS
CAPTAIN REPORT

TO:運行部長殿

DATE:40.3.19
STATION:広島空港
CAPTAIN:稲葉義晴

SUBJECT:飛行中異常物体発見に関する報告(其の一〜二)

3月18日87便  機長 稲葉、副操 馬嶋、客室 原、乗客28名
19:05、コース上天候・快晴一片の雲なし、視程30哩以上、満月(15.7)

3月18日、18時55分、大阪空港離陸、VFR広島に向け航行。姫路市南西15哩(韮澤注:マイル)家島群島上空、高度6,500呎(:フィート)、機種方向270度、計器速度200kt(:ノット) 天候状況上記の如く全くの快晴にして一片の雲もなく、山陽及び四国沿岸の群小都市の夜景が望見し中天に月齢15.7の満月をいただき、年に幾回もない絶好の夜間飛行日和にパイロットのみに与えられた満足感に包まれて飛行中、19時06分 進路に対して10時00分の方向に飛行機の着陸灯の光芒を発見、馬嶋操縦士に注意を促し、見張りを厳重にさせて、同一方位、高度にて飛行するも、益々接近をするので、タキシー・ライト(:両翼にある前照灯)を点滅して当機所在位置を知らせると同時に、回避運動をすべきだと判断し、乗客シートベルトをオンにして右旋回330度方向に飛行するも、左翼至近距離に雁行編隊をする蛍光灯のやうな光を発し、大きさは光芒に包まれて不明なるも、約10〜15米(:メートル)と判断される異常物体が見受けられました。
危険を感じ当該機長として原因不明の事故となっては困るので最悪状態に備えてVHF(:超短波)にて現在状況を送信する様に指示。最初は東亜大阪にコンタクトしたが受信不能。次に118.1MC(:メガサイクル)大阪タワーに送信、これも受信不能のため126.2MCにて高松タワーとコンタクトして日本語にて異常物体が接近、雁行飛行中、高度、方位、速度異常なしと通報しました。
其の間19時06分〜19時09分、やがて異常な光芒も消え去り、20〜30秒間位経過したとき、126.2MCにて突然「こちらはJA3231高松上空、方位085゜飛行中、3時00分の方向より異常な物体に追尾されております」と当機に通報されてきましたので、我々の錯覚眩惑でなく想像をはるかに越えた常識的には考えられない飛行物体が宇宙に実在することをまざまざと発見しました。
吾々はその後も快晴中を順調に飛行を続けて19時56分、何事もなく無事に広島空港に着陸し、馬嶋操縦士と地所にて異常物体について検討をしましたが、奇怪千萬というより外に表現ができません。
大空には吾々の知識常識以外の何者かが存在するのを確信致しました。以上
                CAPTAINS SIGNATURE 機長サイン

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異常物体とは何だったのか

このキャプテン・レポートから分かるように、東亜コンベア機のパイロットたちは最初、左前方から異常光体が接近したので、衝突を避けようと、ほとんど右一回転、回避旋回するとき、物体は120度も方向転換し、左翼ぎりぎりに接触されるほどの距離にピタリと付いて並行飛行します。そしてやがて消え去ります。この間約3分間でした。

私はコックピットの機長席から副操縦士席に座る馬嶋さんに当時の様子をたずねました。

右前方から接近してきた時の様子を機長は「正三角形で、ちょうどネプチューンのタキシー・ライトみたいで、大きさは三角形の頂点と底辺の間が15メートルくらい。光りは三角形の中心部から下方に向かって照射していた」と週刊読売に答えています。

馬嶋さんはとにかくギラギラしたものだったと言っていました。
ネプチューンは対潜水艦哨戒機で、海面を強烈な光で照らして捜索しますから、それほどの光だったわけです。物体が三角形というのではなく、光芒がそのように見えたということでしょう。ここで機長は危険を感じ右に舵を切ります。

馬嶋さんは回避旋回するとき一時的に物体を見失いますが、右旋回ですから機長席からはその間も左後方に過ぎ去る物体は見えていたと思われました。

このとき機長は「方向探知機に目をやると針が乱れて動き、機体がピッチングを始めた」と週刊読売に答えていますが、馬嶋さんは「方向探知機はOFFだったはずだし、私は機体の揺れは感じなかった」といいます。

操縦桿を握っていたのは機長で、馬嶋さんは状況を管制基地に無線連絡していたので、細かい揺れに気付かなかったのだと私は感じました。

ともかく、その時無線は連絡不能となり、方向探知機はでたらめに反応し、機体は揺れていたということになります。これはUFO接近時に起きるEM(電磁)効果であることは明らかです。

馬嶋さんは最後につぶやきました。「機長はそのとき“これがUFOというやつだな!”といっていましたね。私はその言葉が何なのかまったく分かりませんでした」

この事件の10年ほど前の1954年に、アメリカの参謀本部は陸海空全軍に対し、JANAP146という「UFO目撃報告指令」を発布しており、航空界に初めてUFOという呼び名が流れ、機長だけがそれを知っていたということでしょう。

事実、この東亜機UFO遭遇事件を報じた当時の新聞や雑誌の記事にはUFOという文字は一切出ていません。すべて「空飛ぶ円盤」となっています。

米軍のUFO報告指令が出た年というのは、私が小学校三年で初めてUFOを学校のグランドで目撃した年であり、史上最大のUFOウエーブが欧州で起きた年です。そして東亜航空機事件が起きる半年前に静岡県で、私にとって生涯で最大のUFO遭遇を体験したのは、偶然ではないでしょう。

地上からの目撃は神戸から広島にまで至る

稲葉機長と馬嶋操縦士が出会ったUFOは、当時の新聞や雑誌の報道、そして最初に書いたように、弊社ホームページに書き込まれた目撃報告などから、神戸から広島に至る瀬戸内海を、ときには航空機を追尾するなどしてジグザグに飛びながら、東から西へと縦断飛行を行っていたことが分かります。

まず神戸のABCゴルフ場から瀬戸内海方向にまばゆいばかりの光を発しながら西に移動するのが目撃され、姫路から家島群島の間で東亜機に接近し、そのあと松島上空で東京航空のセスナ機パイパーアパッチA3231を追尾します。その二機間の距離は約50キロメートル程になり、キャプテン・レポートの無線通信傍受にあるように、時間差は最大30秒ですから、UFOの速度は時速7,200キロメートル以上で、マッハ6はあり、現在の航空機の最高速度を超えています。

そして岡山県西寺市からは四国山脈方向上空に光体が目撃され、広島の中国電力府中営業所の社員3名が光体を見たと報じられています。
     
以上のUFO遭遇事件はいまから47年も前のことですが、地球を取り巻く宇宙からの介入の歴史からみると、その目的に沿った一つの流れの中にあることは間違いありません。詳しくは「宇宙人はなぜ地球に来たのか」を参照してください。

今年の六月末に大阪湾に巨大なUFOが出現していたという報告が複数あり、それに関連し、今月二回にわたり関西テレビでその意味するところを発言しましたので、次回は地球大変動の予兆に関連した踏み込んだ内容に進めたいと思います。
posted by ニラサワ at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

旧約聖書に出てくる巨大UFO

ベートーベンが「第九」に込めた思い

どうも年末ころになるとマスコミからの依頼が増えます。
特に「ビートたけしの超常特番」はもう15年も続きました。また以前は「タックル」がありましたが、これは今年で25周年になるそうで、正月6日の午後3時半から記念の「番外編」を放送するそうです。若き頃の私の姿も出るらしいです。

これらが、おもしろいから続いたのか、正論を言ったから続いたのかといえば、どうも、おもしろいからというのが実情なのでしょう。

しかし、私としては、つねに正論を提示したいと思っているのですが、さまざまな思惑が絡んで果たせないこともあります。特に今年は二転三転してしまいましたので、相方の切り込みが鈍ったりして、放送から外れてしまいました。

しかし、それではまずいというので、元日から1週間限定で、テレビ朝日のホームページに、カットした部分の動画を掲載するとのことです。

私としては、それでも満足できませんので、その辺をこれからブログか書籍でじっくりまとめたいと考えています。

ところで年末に、ある縁で、ベートーベンの第九交響曲のコンサートを聞きに行きました。
生演奏を味わいますと、改めて、この曲が毎年年末に世界中で演奏される理由が分かるような気がしたのです。

ルネサンスの息吹を引き継いで、フランス革命の直前に書きあげられたこの作品は、詩人フリードリッヒ・シラーの「歓喜に寄せて」に感銘したベートーベンが、歌を交えた交響曲にしたいと考えてから30年の歳月をえて出来上がったものだそうです。

そして、ようやくコンサートをしようとしていたときには、ベートーベンはほとんど聴覚を失い、聴衆から湧き上がった盛大な拍手さえ聞こえなかったといいます。
しかしその後、うるさい曲だとか、演奏者に酷な曲だと評論され、三年後に亡くなるまでに、一度か二度しか演奏できなかったものでした。

しばらくして、非常に芸術的に優れているということが、死後数十年たってから、ようやく評価されるようになるわけです。

演奏していた日本フィルハーモニーは、今の私の地元に本部があり、近所で楽器を抱えて出勤する演奏者をよく見かけるものですから、親しみを持って、じっくり曲と歌詞を調べてみました。
そしたら、非常に意味深い内容であるとともに、なんとUFOに無関係ではないということに気付いて、びっくりしました。

理由は歌の内容にありました。最後の第四楽章で、百人編成で合唱されるドイツ語の歌詞を、私なりに翻訳してみましたので、味わってみてください。

歌詞の中にある「ケルビム」というのは、旧約聖書のエゼキエル書などに出てくる、神の玉座を意味しますが、この聖書の記述部分を分析したNASA(アメリカ航空宇宙局)のジョセフ・ブラムリックという科学者は、それが一種の航空機のようなもの、つまり現在目撃されるようなUFO状のものであると結論したことがありました。

サムエル記にも出てきますが、出エジプト記では“雲の柱”という表現なっています。

じつは、今年の超常特番で、私は最近起きたこの種のUFOについて報告をするつもりでしたが、果たせませんでした。わずかな手持ちのデータを、一応本番収録で話していますので、それがテレビ朝日のホームページで、年明けに動画掲載されるわけです。

それでは以下に、ベートーベン第九の歌詞となっている、詩人フリードリッヒ・シラーの「歓喜に寄せて」原文より起草したものを記載しますので、曲を聴きながらでも味わってください。

       ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪ 

歓喜、美しい神々の火花
楽園からの乙女よ
私たちは感激して、あなたの楽園に踏み入る

この世の習慣が厳しく分けたものを
あなたの魔力は再び結びつけ
すべての人々は、あなたの優しい翼のもとで兄弟となる

心の友を得るという幸運に恵まれた者
やさしい女性を妻にした者は
共に歓喜の声をあげよ

そうだ、ただ一人でも、友と呼べる人のいる者も歓呼せよ
しかし、それができなかった者は
涙と共に、この集いから去らねばならない

すべてこの世に生を受けた者は
自然の乳房から、喜びを飲み
バラの花園をたどる

自然の喜びは、我らに口づけとぶどう酒と
死の試練をも恐れぬ友を与える
虫にも喜びが与えられ
ケルビム(天使・UFO)は神の前に立つ
いだかれよ、百万の人々よ
この口づけを全世界に
兄弟たちよ、星空のかなたに、愛する父は住みたもう

ひざまづいているか、百万の人々よ
創造主の存在を感ずるか
世界よ、彼の存在を天上に求めよ
星の彼方に人の子は必ずや住みたもう

♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪ 
posted by ニラサワ at 15:15| Comment(2) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

大災害とUFO現象

ロシアの隕石落下事件で、なぜUFOの関与が問題になったのか

事件が起きた2月15日の朝、大手写真週刊誌から取材を受けて、初めて今回の隕石落下事件を知りました。
そのとき最初に私の頭に浮かんだのは、100年ほど前にシベリアで起きたツングース爆発でしたので、そのことを話しましたが、それは記事にはなりませんでした。

翌週になると、今回のウラル地方上空で爆発した隕石に、どうやらUFO現象が関係しているのではないかというニュースが駆け巡り、これに関しても、別の週刊誌から取材を受け、以下のような記事として報道されました。

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「週刊大衆」2013年3月25日号

いろいろ調べていくと、一連の「UFOによる地球への関与」がより明白になってきましたので、未掲載になった部分を含め、改めて整理してみました。

不思議@ ツングース隕石は落下直前に減速し急カーブした!

ロシアは面積で日本の45倍もある世界一の広さの国ですから、隕石のような宇宙からの飛来物にもそれだけ頻繁にさらされるのでしょう。
ですからUFO事件数も膨大で、弊社で刊行した『ソ連・東欧のUFO』も分厚い本でした。

その第一章が「ツングースの奇跡」となっており、ロシアで最も有名なUFO事件(!)がこのツングース爆発なのです。

では、なぜツングース事件がUFOに絡んでくるかといいますと、その宇宙からの物体が隕石では説明できない航路をたどっていたからでした。

その状況を説明しますと、まず、南の方向から大気圏に突入してきたこの宇宙からの落下物は、下図のように、バイカル湖の西方上空に入って来てから、減速したことが明らかになったのです。

隕石が大気圏に入ってくるときは、およそ秒速20キロメートルというものすごいスピードになり、音速の60倍くらいで突入して来るわけですが、ツングースの場合は大気圏に入ってからは、秒速0.7〜1キロメートルという、ジェット機ほどの速度になっていました。
これは普通の隕石落下速度の20分の1にまで急に減速されたことを意味しているのです。

この減速が判明したのは、衝撃波の分析と目撃者の証言からです。

まず、真空の宇宙から大気層に入るとき、激しい大気擾乱による衝撃波が発生します。そして間もなくして地表と接触するときの爆発による二度目の衝撃波が記録されます。

この二度の衝撃波の時間から、物体落下を地上から見ていた人の証言と樹木倒壊の方向から割り出された航路の距離によって、大気圏内を進行した物体の速度が算出されたわけです。

この大気層を通過するときの物体の速度は、普通の隕石落下速度からは想像できないほどのノロノロ状態です。

そのあげく、大気層に入ってからジクザグ航路をたどります。

下図に太線で示されているように、南方から大気圏に入ってきた後、いったん東方に急カーブしてから、今度は西にV字ターンして、タイガと呼ばれる人跡無踏の針葉樹林地帯に落下したことが明らかになりました。

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弊社刊『ソ連・東欧のUFO』より

この事件が起きてからもう百年以上たつわけですが、この間何度にもわたってロシアの科学者チームが現地調査し、地元の人たちの目撃証言や、倒木の方向などから、上記のような落下物の航路や速度が割り出されました。

不思議A 隕石のかけらはなぜか地上に残らなかった

ツングースの場合、その爆発のエネルギーから、物体の大きさは直径約1キロメートルで質量は数億トンだったという計算が導き出されています。今回のチェリャビンスク隕石の60倍ほどです。

しかし、ツングース爆発では、度重なる調査でも、木々がなぎ倒されてはいるものの、落下した痕跡であるクレーターも、飛び散ったはずのかけらさえ発見されていません。

こんどのチェリャビンスク隕石の場合も、普通なら地面に衝突して大災害になるはずなのに、地表に到達した痕跡が見当たりませんでした。

だいたい隕石が数メートル以下ならば、大気摩擦のため途中で消滅するのですが、それ以上の大きさになると地上にまで到達して被害が生ずるといわれていますから、ロシアの二度の隕石事件には疑問が生じてくるわけです。

今回の場合、州都チェリャビンスクの西方で、落下直後に氷結した湖に空いた8メートルほどの穴が発見され、隕石で空いたのではないかといわれましたが、州政府がダイバーを潜らせて隕石の痕跡を探しましたが、何も見つかりませんでした。

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しかも、朝日新聞の記者が現地取材した際に、湖岸に住む目撃者から「何か白い物体が湖面に落下し、雪を跳ね上げて再び上空に鳥のように飛んで行った… だから穴の底には何もないはずだ」という証言を得ています。(2月18日付記事)

このように、ロシアではチェリャビンスクもツングースも、いずれも空中での爆発による被害しか報告されていません。

じつはロシアの人々は、ツングース隕石がなんのかけらも残さず消えたのは、UFOが空中で爆発したからだと結論付けていたのです。
それで今回もUFOだったのではないかと疑う人が多かったわけです。

そして、今回はYouTubeの映像から、UFOが追い越しざま隕石を破壊した可能性が出てきて、国営テレビでそれを分析していました。

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赤丸で囲ったところにUFOがある(ロシア国営テレビより 画像はネガとポジが反転されている)

ところが、ツングース爆発の時もUFOが目撃されていたのです。
爆発があった日に、チェコスロバキアにあるタトランスカ天文台で隕石と同じ航路を飛行する「弾丸形」(葉巻型?)の発光体が目撃されていました。(『ソ連・東欧のUFO』P46)

これも地球に近づく隕石を警戒していたUFOではなかったかと考えられるのです。

上に掲げたツングース物体航路地図で分かるように、最初大気圏に入って来たコースの先にはいくつかの都市が存在しています。
そのままでは人口密集地帯に落ちるので、UFOが隕石を減速させ、いったん東に迂回させてから、タイガの無人地帯に導き、そこで爆破処理をしたと想定されるのです。

隕石が地上に落下すると甚大な被害が出る

かつて6550万年前の白亜紀に、メキシコのユカタン半島沖に落ちて、恐竜の絶滅を招いたといわれる隕石は、直径が10キロメートルほどで、高さ300メートルの津波を起こしたと推定され、直径200キロメートルものクレーターを作りました。

シベリアに落ちたツングース隕石の大きさはその10分の1くらいになり、また今回のウラル地方チェリャビンスクに落ちた隕石はさらにその60分の1ほどなります。

今回のチェリャビンスク隕石について、米航空宇宙局(NASA)は「直径17メートル、質量1万トンで、その塊が大気圏に突入して七つに分裂し、地表に落下した」と発表しました。

これについて日本スペースガード協会では「仮に地表到達時に10メートル規模であれば、直径100メートルのクレーターができて壊滅的な被害となったはず」というコメントを出しました。

「壊滅的被害」とはどういうことでしょう。
ウィキペディアによれば、今回のチェリャビンスク隕石の爆発によって発生したエネルギーは、広島型原爆の30倍(TNT火薬500キロトン相当)だそうです。

広島市はその熱線と爆風によって、一瞬にして市中心部の建物は吹きそばされて消滅し、人口の半数近くの12万人ほどが死亡しました。

ヒロシマの場合は、上空600メートルで爆発したのでこの惨状になったわけですが、チェリャビンスクの場合は地上20キロメートルあたりで分裂したために被害が少なかったといわれます。
それでもドアや窓ガラスの被害は4000棟以上もあり、破片や衝撃波で1500人近くが負傷しています。

ツングースの場合のエネルギーはどうだったかといえば、10メガトン級といいますから、広島型原爆(15キロトン級)の数百倍になるでしょう。
事実このときは地球全体のオーロラ現象が起き、ヨーロッパでは三日間にわたり夜でも新聞が読めたといわれます。

いずれにしても、シベリアとウラルの二回のロシアにおける隕石落下は、人に被害が及ばないような条件で、UFOが爆破(溶解?)したような処理がなされたのではないかと思われるのです。

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爆破される隕石(赤丸のUFOだけ右に抜けていく)

ロシアの国営テレビが分析していたYouTubeの映像は、マッハ60で大気圏に突入してきたため隕石の表面温度が、大気との摩擦で6000℃にもなって発光しだしたちょうどそのときに、後ろからUFOが近づいてきて、隕石を爆破しているように見えます。

もし隕石がこのように分散されることなく、一つの塊としてそのままのエネルギーを保って地表に落下したとすれば、ヒロシマの30倍以上の被害が生じるでしょうから、都市全体を壊滅させ、100万人以上の人口に被害がおよんだとも考えられます。

それではUFOで近づいてきた宇宙人がその被害を防いでくれたのでしょうか。
私はその可能性が大いにあると思っているのです。

ツングースの場合もそうですが、欧米だけでなくロシアの場合も、UFOにかかわる不可解な現象が明らかになろうとすると、国家的に報道が規制されていたことが明らかになっています。
次回もこのテーマが続きます。
posted by ニラサワ at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

惑星移住A レスキュー宇宙船の飛来

地上90メートルまで降下して空は見えなくなった

最初の出現は劇的です。
2008年1月1日、テキサス州ダブリンに住む37歳の溶接工リッキー・ソレルスがその時それを見たのです。

彼の家はオークの木の林に囲まれた家に、妻と娘で住んでいました。
その日、太陽はまだ樹木の上にあって、鹿狩りをする絶好のタイミングだったので、9倍の望遠照準器を備えたライフルを持って、裏の林に入っていきました。

PAP_0372.JPG
・現地に立つソレルズ

獲物を探して木々の間を進んで行くうち、ふと見上げると空が異様なものに覆われているのに気付きました。
表面は銀灰色で、穴が碁盤の目のように等間隔に配置されています。
しかし林が地平線をさえぎっていて、物体の端が見えません。

PAP_0362.JPG
・再現イメージ

ソレルズは、その物体が何なのか見極めようとして、ライフルの望遠鏡でのぞいてみました。彼は「恐怖心は感じなかった」といいます。
報道記者や研究者からのインタビューに次のように証言しています。

「それが何だったかは全く分からなかったが、錫のような灰色でできた一枚の鉄板のように見えた。
全体に網の目のような格子状(グリッド・パターン)に、上下左右はるか遠方まで12メートル間隔に穴が開いていた。
だが表面には、ボルトやナット、リベットのような接合点がなく、どのような継ぎ目も見られなかった…」

「表面全体はなにか熱によるかげろうのように揺れていることに気付いたが、水蒸気ではなかった。
穴の凹みをよく観察すると、深さが約2.5メートル(8〜10ft)で、入り口の直径が約2メートル(6〜8ft)、奥の方は1メートル(3〜4ft)ほどあることが分かった…」

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・解説再現図

なぜソレルズがこれほどまで詳細にUFOの構造を認識できたかといえば、物体が90メートルの近さまで高度を下げて接近してきたからですが、この高さを彼が認識したのは、実家の牧場のサイロ(穀物倉庫)についていたエレベータの高さが90メートルだったからで、そこで暮らしていた彼の体験から割り出された非常に説得力のある数字ということになります。

さらに持っていたライフルのスコープが強力で、3〜9倍のズームをフルに使いながら穴の構造を観測していたからだったといえるでしょう。

そして現在は金属溶接工の仕事をしているわけですから、物体の材質や接合の状態に関心を示したことは自然なことであり、その結果としてこの巨大UFOの構造が判明したことは幸運としかいいようがありません。

その日の夜、ソレルズはさらに2度にわたって自宅の上空を通過していった巨大UFOを家の前のテラスから見ていましたが、その全体の大きさや飛行形状については、1週間後に起きた多数の目撃事件によってより明確になっていきます。

このころには軍を巻き込んだ大騒動に発展し、多数のレーダー映像によって驚くべき実情が明らかになります。

posted by ニラサワ at 18:37| Comment(7) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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