2012年02月14日

<その2>補足 ナホン教授とは

1955年にジュネーブ会議開催の目的を暴露したアルフレッド・ナホン教授とは何者なのでしょう。
前年に大挙して地球に出現したUFOでやってきた宇宙人による、人類の核エネルギーの使用に対する警告だったことの真相はこれにかかっています。

というのは、AP通信の報道では、会議に出席した各国の首相や大統領といった最高の地位にいる人物に対して、ナホン教授の主宰する「世界惑星協会」が覚書を出したことになっているからです。

宇宙人に関する緊急招集は、会議に出席した各国の首脳からの情報ではなく、博士が情報を提供したことになっており、博士自身は各国首脳より優先された情報源によってこの声明を出していることになるのです。

AP通信社は米国最大のニュース配信会社で、ちょうど日本の共同通信社のようなものですから、人の伝聞とか根も葉もない情報を流すことはなく、れっきとした裏付けがあったのです。だからこそ、朝日新聞やサンフランシスコ・エグザミナーなど世界の一流紙も報道したわけです。

前回掲載した「惑星協会通信」は、ジュネーブ会議の開かれた一年ほど前のこと、ちょうどヨーロッパのUFOウェーブが終息した1954年10月28日に、教授が設立した世界惑星協会が発行していた情報紙で、この重大なテーマをフランス、イタリア、英国、ベルギー、スイスなどのマスコミや政界など広く関係者に知らせるため国際ジャーナルとして発刊されたものです。

協会の所在地はスイスのジュネーブ湖(レマン湖)畔にあるローザンヌとなっていますが、フランス語で書かれており、記事の内容から、教授自身がフランス政界に強い影響力を持っていることが分かります。

例えば、この世界史に残るジュネーブ会議そのものが、教授の動議によって開催されたものだったからです。
というのは、開催されるちょうど一年前の1954年7月17日にマンデス・フランス首相によって上程され、その日のうちにフランス議会がジュネーブ会議開催を承認することを議決した議題そのものが、当時のフランス首相に教授自身が提出した議案だったからです。この議事日程は当時の新聞にも掲載されました。

議案の趣旨として、当時盛り上がりを見せていたわれわれ人類の核使用に対する宇宙人からの警告の件が含まれていたことは当然です。
ですから、このころ各国の議会で、UFOと宇宙人問題が話し合われており、その対応策として地球からの宇宙進出の必要性がきわめて重要であることが明らかになっていたのです。
翌年のジュネーブ会議にフランスから出席したのは、次期首相のエドガール・フォールでした。

アルフレッド・ナホン教授の専門は心理学と哲学で、宇宙開発に必要な科学とか、大国間の情勢に通ずる国際法や政治の専門ではありませんが、この問題を判断する立場の権威としては、最も適切な分野の専門家であったに違いありません。

教授がその動議を提出した時は、まだヨーロッパのUFOウェーブが始まる前ですが、すでにこの二年前の1952年には、北アメリカ全域でUFOのウェーブがあり、首都ワシントン上空に現れたUFO編隊に対し戦闘機がスクランブル発進して対抗した、いわゆるワシントン火球事件も発生しており、このときアイゼンハワー大統領と英国のチャーチル首相が事実の公表をしない旨、話し合っていたことが、最近公開されたイギリスのUFO秘密文書の中に見られたことは、私が一昨年末の超常特番で述べた通りです。

HI350533.JPG

すでにそのころ、大国の首脳たちには、宇宙人との接触が始まっており、核の問題の警告を受けていたに違いありません。弊社が刊行している「大統領にあった宇宙人」の事件は1957年ですので、それ以後もそうした警告が続けられていたことは明らかです。大国間で今日も継続されている核兵器削減条約というものが、そうした外圧と深く関係しているのです。
posted by ニラサワ at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

宇宙的変革期におけるUFOの介入<その3>

チェルノブイリ原発事故でヨーロッパの半分が失われる危険があった

大量破壊兵器としての原爆や水爆、それを搭載する大陸間弾道弾などのミサイル、そして核燃料を使う原子力発電所などの核分裂エネルギー施設が、集中的にUFOによる調査の標的になっていたことは、これまで触れてきた通りです。

そして、彼ら宇宙人が危惧する事故が起きて、人の手では収拾が効かなくなる事態に至った事例として挙げられるのが1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発の事故でしょう。

この事故に関連するUFO出現の報告は、プラウダ紙の報道のほか、民間団体の講演レポート、学術論文等で取り上げられていますので、要点をまとめてみたいと思います。

事故の10年ほど後に開かれたMUFON国際シンポジウムで、ロシアの科学者が「チェルノブイリ原子力発電所近くのハリコフ空港管制官によると、事故が起きる1か月ほど前から原発上空エリアで、パイロットたちによるUFO目撃の報告が増加していた」と発言していることが議事録に記載されています。

当時のソ連製黒鉛軽水型原子力発電システムには欠陥があったことが今では知られていますが、その危険な状況を宇宙人側は事前に察知していたのでしょう。

そのころ、4号原子炉は操業停止中でしたが、タービンに起きる振動の調査などが始まっていました。そして事故の起きる24時間ほど前から外部電源喪失実験に入り、不慣れな職員の操作ミスも重なって、12時間後には冷却システムがストップし、緊急事態に陥ったのです。
ついに1986年4月26日に4号炉が暴走を始め、メルトダウンして午前1時23分に爆発を起こしました。

事故拡大を防いだUFO

このとき180トンのウラニウムが原子炉内にあり、もし全体に爆発がおよんでいれば、現在のヨーロッパの半分は地図上から消えていたといわれます。
爆発は大きかったけれど、加熱された蒸気による熱突風だったため、核爆発は全く起きなかったからでした。

なぜこのような不幸中の幸いが起きたのかという理由として、「UFOの援助があった」からではないかという記事を、2002年9月16日にロシアのプラウダ紙が以下のように掲載しました。

「爆発の3時間後に現場に駆け付けた核専門家チームの何人かが、4号炉の上空に宇宙船を見たと報告している。目撃者の中にはUFOが6時間もそこにあったといい、結局この間に数百人の人がこれを見ているといわれる」

その一人であるミハイル・バリツキーの証言は以下のようなものでした。
「チームのメンバーはその夜、最も火災が激しくなっていた爆発現場に着いたとき、上空に真鍮のような色をした火のボールを見た。それはゆっくりと滞空しており、直径は6〜8メートルほどだった。その際に物体からは二本の深紅の光が4号炉の方に伸びていて、物体と炉の距離は300メートルほどで、光の放射は3分くらい続いた。光の放射が消えた後、物体は北西の方向に飛び去った」

専門家チームは自分たちのいた場所の放射線レベルが、このUFO事件の直前には毎時3,000ミリレントゲンだったのが、光を放って飛び去った後には800ミリレントゲンになっているのに気づいたといいます。つまり、UFOは実質的にこの場所の放射線レベルを4分の1にしてしまったわけです。

事故後も続いたUFOの出現

第4原子炉が爆発を起こしたのは4月26日の深夜1時過ぎで、その3時間後の明け方前にUFOは上空から数分間ビームを照射したわけですが、夜が明けてからもUFOが近辺を飛び回っていたことが、ソ連国営テレビが公開した事故現場の写真から判明しています。

すでに水蒸気爆発で上空に巻き上げられた放射性物質は、2〜3日後には北欧にまで達したと報じられたのを受け、29日にソビエト当局は爆発した原子炉近辺の写真を公表しましたが、この写真には日中に原子炉施設の煙突近くの上空を扁平物体が移動している様子が写り込んでいたのです。

物体は黒い流線型で、じゃっかん尾を引いて左に移動しているらしい状況が写っています。これはロバート・ヘイスティングス氏の著作「UFOと核兵器」の付録資料の中で紹介されています。

TS3V0188.jpg


また、前出のプラウダ紙や英国BBCの報道によると、爆発事故から3年後の1989年9月16日に第4原子炉の動力プラントで作業に従事していた女医のゴスピナ博士は、たびたび上空にUFOが現れ、それを目撃したと証言しており、彼女はそれを「琥珀のようだった」と表現しているのです。
つまり物体は半透明のような感じで、いわゆる「スケルトンUFO」に属するものです。

さらに翌年の1990年10月に、現地の「チェルノブイリ・エコー」紙は、原発施設のプラント工場を撮影していた V・ナブランは「そのころ飛来していたUFOその物を目で見ることはできなかったが、施設上部の穴の部分を撮影した写真には、その施設の上空にはっきりと物体が写っていた」という記事を出しています。

それはゴスピナ博士が証言したUFOと同じ、半透明のスケルトンタイプだとされています。
つまりは、肉眼には見えないものの、写真やレーダーには写り込むという、いわゆるUFO特有の性質を表しているのです。

さて、次回はいよいよ 3.11 震災時の福島第一原子力発電所の爆発の場合も、上記チェルノブイリ事故のような状況が発生していたと思われる、未公開UFO事件に迫ります。
posted by ニラサワ at 17:04| Comment(3) | TrackBack(1) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

宇宙的変革期におけるUFOの介入<その4>

東日本大震災をめぐるUFOの動向

数百年に一度ともいわれるあの大震災から早一年が過ぎ、被災地以外に住む人々からはその記憶は少しずつ薄れかけている感じがします。
しかし、当時は首都圏も大揺れが続き、次々と報道される津波映像と、福島第一原子力発電所の爆発は人々の心に深い衝撃を与えました。

じつは、この時期に私は放射能減衰と新エネルギー供与のための二つの宇宙的関与の事件を知ることになります。

その経緯を確認するために、たま出版のBBS(掲示板)過去ログをたどっていきますと、さまざまな人たちが書き込んでいる内容に、今度の大震災をあらかじめに予知していた人たちの記述があちこちに出ていることに、改めて気付きました。

この過去ログはサイト立ち上げの過去10年ほどが残されていますが、どういうわけかここ3年ほどの時系列が一部前後してしまっていますので、分かりにくくなっています。しかし消えてはいません。
また昨年のサイト・トップページ改変以来、過去ログ投入作業が打ち切られ、今後はある時間を過ぎると消えていきますのでご了承ください。

時空を超える感覚を持つ人たち

大震災後に放射能汚染が拡大していたときに、まず私の脳裏に浮かんだのは、前年秋に福島県飯野町にある「UFOふれあい館」に招かれて講演をしたことでした。
というのは、この地域はその後セシウム134や137の蓄積量が高い区域になってしまったからです。

その時期を確認するために上記掲示板の過去ログをたどりますと、私の報告のすぐ後に入れられた書き込みに目がとまりました。

記入日時は2010年11月12日(金)で、以下のようにあります。

「内海康満氏が、2007年から世の中が大変になるから、物を捨てて、仕事も住まいもだめだと思ったらすぐに変わるようにと、2004年に話をしていました。
 また、自然災害が起こるからバイクに乗れるようにしたほうがいいと言ったり、いざとなったら近くにあるバイクを盗んで乗ればいいから免許は取ってもしょうがないと言ってました。
 このようないい加減際なりない著者の本を出版しているのは貴社の損害になるとおもいますが、どうでしょうか」というものです。

内海康満氏というのは、このころ弊社で出した「霊止乃道(ひとのみち)」という本の著者です。

120420_1559~01.jpg

今から思えば、平時で氏の発言を聞けば「いい加減極まりない…」と言うのも無理からぬことかもしれませんが、M9という大災害を振り返りますと、当を得ているところがあるのです。

また、私は震災当日、帰宅できずに会社で一夜を過ごした時、この日に起こることを数日前に警告してきたワイオの著者のことを記載し続けましたから、記憶にある方もおられるでしょうし、今でも過去ログの中に見ることができます。

このような予知能力が、医療にせよ科学的新発見にせよ、人の超常的感覚が働きだしたときに一時ほの見えることをすべてオカルトと一蹴することはできません。ただ原理原則が確立される前夜に時代が突入しつつあるため、定かではないと言うだけなのです。

福島上空に来たUFOの正体

「UFOふれあい館」で私が講演をしたのは2010年11年8日でした。
講演会を主催したのはFM群馬放送でした。参加したのは群馬放送地域の視聴者数十人で、群馬、栃木、茨城、福島とバスツアーでやってきていました。お分かりのようにこのコースは今回の原発事故で汚染が拡大したエリアになります。

私は東京から直行して話させてもらいましたが、地元の木下前館長も来られ、最後までおられて資料を交換したりしました。私のこの時の講演のテーマは、そのころ間もなく刊行になる著書「宇宙人はなぜ地球に来たのか」にちなみ「UFOと核問題」でした。

HI350444[1] UFOふれあい館.jpg

なぜこの地にUFO会館があるかといえば、木下館長の資料から分かることは、以前からUFO目撃事件が多かったからです。ここがUFO多発地帯である理由が、今回の大震災や原発事故につながるかどうかは不明ですが、奇しくもこの翌月に始まる年末の超常特番収録に登場していただいた、元航空自衛隊トップの佐藤守空将に繋がっていくのです。

じつは氏は、この4ヵ月後に発生する2011.3.11大震災の発生を、この2010年の末には知っていたのです。

HI350537 佐藤守.JPG





posted by ニラサワ at 16:28| Comment(3) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

宇宙的変革期におけるUFOの介入<その5>

航空自衛隊機のUFO遭遇と重なる震災地域

震災の前年末に佐藤元空将とは、特番ロケのため、早朝から夕暮れまでまる一日、都内各所や千葉の幕張などに同道して撮影しましたから、移動する車中でお互いの体験談を語り合うことができました。

氏はジェット戦闘機のパイロットから基地司令官などを歴任し、防衛長官に次ぐ航空自衛隊トップまでを務めた経歴の中で、37人にのぼる部下が体験したUFO遭遇事件に出会っていました。

その事例をまとめてみると、UFO遭遇事例には一つの傾向があり、特定の基地で起きていたというのです。
最も多かったのが松島基地で、次が三沢基地ということでした。

まず、三沢基地というのは青森県の太平洋岸にあります。
ここは今回の震源域の北端に近く、また、すぐ北側に日本原燃の六ケ所村再処理工場があり、全国の原発から使用済み核燃料が多量に集められています。

また、松島基地というのは石巻市の西に位置する仙台市の近郊にあります。
石巻は、掲載した朝日新聞のデータで分かるように、今度の震災で最多数の被災者を出したところで、沖合は地震を起こした断層帯中央部になり、最大の津波が襲っています。

120522_1410~01.jpg

じつは、石巻近くの海岸線には女川(おながわ)原発があり、さいわい今回の震災による津波の被害からは大きなダメージを受けませんでしたが、原発が置かれている場所は松島基地に離着陸する戦闘機のコースに近く、ひとたび原発の施設に墜落するようなことがあれば、たいへんな惨事を引き起こす危険性がありました。

UFOからの警告

日本列島の周りは複数のプレートが密集しており、大地震の巣のようなもので、震源近くに原子力発電所や核燃料貯蔵施設があれば、非常に危険な事態を引き起こすということを、かねてから上空を飛びまわっていたUFOが気付いていたのは当然でしょう。

その結果として、松島基地を離発着する航空自衛隊の戦闘機が、最も頻繁に遭遇事件に出くわしていたのではないでしょうか。

大震災前年末のテレビ特番で、佐藤氏が航空自衛隊のパイロット数十人の遭遇事件を調査して、最大の事例として取り上げたのが松島基地所属のT−2ジェット練習機が、長さ2〜300メートル以上もあろうかという葉巻型UFOを、同じ日に二度にわたって目撃した事件でした。

HI350543.JPG

場所は、女川原発と石巻市がある牡鹿(おしか)半島上空でした。
事件が発生したのは、1983年で、ちょうど女川原発が建設を終わり、間もなく稼働し始める時期です。
そして沖合数十キロの地点には、今回の大地震の震源域が存在しています。

120522_1414~01.jpg

じつは、ここでは以前から原発に関係していたと思われるUFO事件が起きていました。
そのことについては、佐藤氏自身はテレビでは発言しませんでしたが、著書「実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO」にも書かれているように、宇宙人からの警告が氏に伝えられていたのです。

というのは、T型ジェット練習機は、ブルーインパルスという名前でも知られ、航空ショウで花形の七色のジェット雲をたなびかせながら曲芸飛行をする編隊チームで、以前から松島基地所属でしたが、2000年の3月と7月に訓練飛行後に、いずれも原発の南10キロメートル前後の距離に墜落事故を起こし、合計四名のパイロットが殉職しました。

しかし、いずれの事故も、佐藤氏は事故発生前に警告を受けながら、現役を引退していたため、事故を防止できなかったのです。
同様な事が、じつは今回の大震災に関しても起きてしまいました。

なぜ、そのような重大なことが、あらかじめちゃんと手を打てないのでしょう。
ここからがUFO問題の最重要テーマになります。

つまり私たちは宇宙人とどうコミュニケーションを取り得るのかということなのです。
別の言い方をすれば、その情報の扱い方です。
宇宙人からの情報をどう受け止めればいいのか理解するのが難しいということでしょう。
posted by ニラサワ at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

宇宙的変革期におけるUFOの介入<その6>

警告を生かせる判断力とは
つい最近、ある官公庁の科学調査部門にいる人から、質問を受けました。
「 CSETIのネットに公表されている米国の軍人や科学者のUFO証言を読んだが、これで、いよいよUFO問題が解禁されていくのだろうか?」との電話でした。

私は「そうはならないでしょう」と答えました。すでに十年前から数百人にもなる宇宙科学者やミサイルサイトの兵士たちによって、UFO遭遇事件の証言が出ていながら、いまだに当局は何の公式見解も表明できないでいるからです。

「宇宙人はなぜ地球に来たのか」でも指摘しているように、地球人の精神的な進化にかかわってくるこの問題は、そう簡単に解決できません。
CSETIのグリア博士は、へミシンク的な宇宙への呼びかけで宇宙人とのコミュニケーションを図る活動に専念し始めていますが、生易しいことではないようです。

いわゆるチャネリングを含むスピリチュアル系のこの手法は、テレパシー的なコミュニケーションを使用している宇宙人たちからの精神的情報を豊富に引き寄せますが、無造作に受信してしまえるほど単純ではなく、法則性の下に伝播していることに注意しなければなりません。
とりもなおさず、これがチャネリングやテレパシー情報におけるノイズの仕分け方法になります。

震災後、福島第一原発には6機のUFOが来た

前回このブログで紹介した航空自衛隊練習機の二度にわたる墜落事件を警告された佐藤氏の情報は、石巻在住の能力者であるS宮司さんから受け取ったもので、その人は以前からこのような重大事故を、上空を飛ぶUFOから知らせを受けていたといいます。

この予言的な警告の内容は、非常に冷静な立場でその能力者は発言しており、精度の高い情報だと私は判断していました。
また、このような事実を発言された佐藤氏の勇気に敬意をもつとともに、氏の同僚パイロットによるUFO遭遇の実例を公表された認識に感銘を受けざるをえませんでした。

そこで私は、大震災が起きて一月ほど後に、「石巻の宮司さんはご無事でしたか?」と、佐藤氏に問い合わせてみました。
すると、「大地震の前日に、いよいよ始まりましたよ、と(電話で)予言を受けました」とのことです。

そしてさらに後日のこと、「福島原発には6機のUFOを飛ばして、汚染が広がらないようにしているが、見えないだろうな…」と、直接電話があって、笑っていたというのです。

状況は笑いごとではないわけですが、念のために、佐藤氏のブログをのぞいてみると、大震災の翌日に、確かに以下の書き込みがなされているのです。

2011年3月12日の書き込み――――
『 10日(大震災前日)午後……平河町まで出かけたが、珍しく地下鉄の中で「携帯」が入った。見ると石巻の神主さんからで、半蔵門駅を出てから連絡すると、「司令さん、いよいよ始まりますよ〜。福島沖、群馬、新潟…、大地震と大津波で大変なことになります。馬鹿なことばかりしているだらしない政府を早く変えないととんでもないことになる…」とのことだった……すでに昨年暮れの大祓の儀で聞いていたことだったので……』

そして、この書き込みの文末にあるように、2010年12月27日に佐藤氏自身が石巻を訪れ、宮司が主宰する神社でおこなわれた大祓いの儀に参列していたと12月29日に書き込まれているのも確認できました。このときに氏は宮司から大災害で世の中が変わることを聞いていたことになります。

UFOによる善意の警告

しかし、大震災の前年末の時点では、地震の起きる期日は明確ではなかったのでしょう。おそらく前日あたりに、いよいよ明日にはそれが起きることがわかったようです。

わりと事件の間近になると状況が明確になるということは、以前にあった自衛隊練習機の事故の時もそうだったのです。

これらの予知的警告はUFOからのメッセージとして届けられていた、ということを氏は前著書に書いています。

120607_1237~01.jpg

そこの記述はだいたい以下のようです。
「メッセージをよこす宇宙人はどんな宇宙人ですか?」
「私にメッセージを送ってくるのは4種類あるようで、そのUFOは、かなり知的な存在によって作られた乗り物らしく、その目的や意図、どこから来ているかなどはわからないが、悪意や敵意は今のところ感じられない。ほかにも16種類くらいいるようだ」

「彼らは地球人を核などの災害から守るために来ているのですか?」
「知性体の半数はわれわれの価値観と異なる意識を持っているようだから、われわれに対しての悪意が感じられるが、残り半数は、地球人の価値観でいう善意が通じる相手のようだ。彼らも地球人のように、何か連合体のような組織を作っているようだが、利害が複雑に絡み合っている気がする」

以上からわかることは、このUFOとの交流者は、アメリカ情報機関が多用していたSRV、つまり遠隔透視の手法によってUFOからの情報を得ていたということです。
つまり、○○星のだれそれだと名前を名乗るようなことではなく、本人はあくまでも客観的な意識を持ってみていることが重要なところでしょう。

交流者がとらえられていた宇宙人の種類とその多様性については、私が「宇宙人はなぜ地球に来たのか」で述べていた内容に一致しますし、ディスクロージャーで出てきた「米軍資料には57種類の宇宙人が登録されている」という証言にも適合します。

それにしても、今回の事故による福島第一原子力発電所からの放射能拡散が、どのようにUFOによってあるていど防止されたのか、また、さらにエネルギー問題をめぐって起きている宇宙人との接触事例について、追究していきたいと思います。

posted by ニラサワ at 15:48| Comment(1) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。