2014年07月01日

報告されたUFO映像の分析と検証A

過去のフリート現象の検証例

第二次大戦で人類が核を使うようになってから、急速に宇宙人側から地球に対する大規模なアプローチが始まり、核の使用による人類滅亡を阻止する活動を展開したUFO船団が、さらに目指す宇宙船地球号の危機への対応の動きが、最近さらに活発化していると思わざるを得ません。

UFO船団大接近の歴史が70年という経過の中で、際立つエポックがソビエト崩壊の前後でした。
この1990年にモスクワを訪れた私が、科学アカデミーのUFO部局と接触して得た情報には、年間に約4000件のUFO目撃事件がソビエト連邦内で発生しているとありました。また600件のUFO着陸事件があり、宇宙人との遭遇事件が180件に上っていました。

写真は、モスクワの会合で情報開示をおこなう科学アカデミーUFO研究センターのウラジミー・アジャジャ博士です。

140610_1526~01.jpg
[写真:アジャジャ博士]

いっぽうこの時期に、日本国内でも、ミステリー・サークルの発生や、フリート現象など多くのUFO現象が起きていたことを思い起します。

というのは、前回の朝霧高原の動画映像が撮られた半年後に、長野でフリート現象が起きていたからです。
この事件の取材映像が放送されたのは、ソビエトの崩壊が始まった1989年のことになります。


[動画・長野事件の放送]

場所は長野県松本市郊外在住の自衛隊員の家族と親類五人ほどが目撃し、11月22日の午後12時半から3時間にわたって、30〜50個の球形物体が肉眼で見られています。
撮られた映像はそのうち数個が屋根の上にまで接近した後、急速に上昇する様子などです。

番組には故荒井欣一さんやGAP長野支部の人などが出て解説しており、当時はまだ「フリート」という表現はなく、「UFOの集団」といった言葉になっていますが、荒井さんは「これほどの数のUFOが、長時間現れたのは、初めてではないか」と述べています。

出現したUFOの数や継続時間は、昨年末のテレビ朝日上空時に近似していますが、さらに手持ちのビデオカメラでとらえられるほど、近くに現れていたということになります。
しかも、急接近し、急角度で上昇する様子は、風船などで説明のつかない初期のフリート現象ということができるでしょう。

バルト海上空のブドウの房!

このフリートと表現されるUFOの船団は、同じ時期にヨーロッパ上空を席巻していたウエーブ(UFOの集中的発生)の中で、バルト海に「ブドウの房」と言い表され、一週間にわたって毎日のように見られました事件が起きていました。

1990年8月下旬、ドイツ沿岸からラトビアにかけて、毎日3時間ほど夕方の空にその集団発光体は現れ、騒動になり、長時間の映像が撮影されています。
以下は、ドイツ国内から見られた長時間のビデオ映像のワンカットです。

140610_1537~01.jpg
[写真:バルト海のブドウの房]

ソビエト崩壊に伴うUFOウェーブの嵐は、西側にも移動し、1989年11月にベルギー上空に及び、連日のように出現して、空軍のジェット機が追跡するなか、急加速と急降下を繰り返し、結局一万人もの市民が目撃したことで、空軍が公式にUFOの存在を認めるに至りました。

以下の図は、「サッカー競技場大の三角形の物体だった」という目撃証言に基づいて著された構造です。

140610_1549~02.jpg
[写真:ベルギーに現れた三角形UFO]

山梨に現れたアダムスキー型UFO

ソビエト連邦崩壊時に起きたUFOウェーブは、ヨーロッパだけでなく、ユーラシア大陸にも及んでおり、中米メキシコでも起きていたことを思うと、世界的な現象だったといえます。

当時、テレ朝の深夜番組「プレステージ」で毎月のように朝まで生テレビの形でUFOを取り上げていた私の出演データを見ると、1990年9月から一年間にわたり、日本国内50か所以上でミステリー・サークルが出現していました。

最初に出現したのは北九州で、UFO STATION サイトを運営しているA氏からビデオ映像で報告を受け、テレビ放送しました。

また私自身、山梨県で早朝にできたばかりで人の入り込む前の、荒らされていないミステリー・サークルを発見し、その近所の寺院近くに住む人が前日にアダムスキー型UFOを目撃していた事件を取材しました。

この前兆として、山本佳人氏の家族がUFO遭遇を体験しており、その経緯をビデオ作品として、たま出版から発行もしました。

最初は、小四のお嬢さんがマイクロバス大のアダムスキー型UFOを、自宅上空に目撃したのが1990年1月のことです。以下の写真はその中の三カットです。

140610_1452~01.jpg
[写真:本人が描いたアダムスキー型UFO]

そして佳人氏が自宅前の階段踊り場で、眼前2〜3mまで接近してきた直径30cmほどの小型スキャンニング・ディスク(無人偵察用円盤)に遭遇したのが1990年11月でした。

140610_1459~01.jpg
[写真:自宅前の階段踊り場から外を眺める山本佳人氏]

140610_1506~01.jpg
[写真:佳人氏が描く黒真珠のような半透明の縁のある小型円盤]

次回は、昨年末から最近に至る、ここ半年間に日本国内から報告を受けた映像を分析してみたいと思います。

posted by ニラサワ at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | UFO・宇宙人遭遇事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。